独白



6月4日 雨

はじめての感情でした
君の笑いかたがなつかしい感じで
それからずっと忘れることができない

垣間見せる甘えたような目
特徴的な鼻筋
すこしだけふくらんだくちびる

眠る前に
君の声を思い出すたびに
リフレインが頭の中で

今まで何人も恋をしてきたけど
引力にひっぱられるように
君に惹かれているのがわかる
てれくさい
はずかしい
ここちいい
なつかしい
いとおしい

この独り言は
どこへもたどり着くことがない
ただの僕の言い訳



6月5日 晴れ

じゃあね、と手を振った君が
夕焼けにあわさって行く
逆光にまぎれて溶け込んでく君の影を
いつまでも追っていた

どうすればこの胸のうずきを
止めることができるんだろう
どうすればこの胸のモヤモヤを
かたちにすることができるんだろう
言葉は意味をなくして

何かの番組で北極のオーロラを見た
まるでその場にいるようにリアルで
肌寒い気分にさえなってくる
いつか君と一緒にあの北極のオーロラを見に
オーロラをドレスにして君に
きっと似合うかな

くだらないね、そんな空想



6月6日 晴れ

料理をつくっていて
指に軽くヤケドをした
このヤケドはあと1ヶ月もすれば消えるだろう
でも君につけられたココロのヤケドは
当分なおりそうにない
なんて
そんな使い古されたセリフを思った自分が
妙にはずかしくて
どうして僕は冷静になれないのか

『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンみたく
もっとスマートに生きられないか



7月1日 曇り

前の日記からひと月たってしまった
肝心なことすら僕は続けることができない
自己嫌悪に陥る

「好きな人がいるの」
君のセリフは僕を殺すのに充分なナイフだ
でもそれが誰なのか明確にしないのは
僅かな光として僕を照らす

ずるいね

それでも
その光がおだやかな光であることを祈ろう



7月4日 晴れ

帰り際に駅まで見送った
別れ際に抱きしめたかった
なにもできないで
笑顔で手を振った

3番線のホームに残った甘い香水の香りを
真夏の重苦しい蝉時雨が覆い隠そうとしている

蝉時雨は僕の耳元まで踏み込んできて
君の隣にいることのできない苛立ちと
君を想うたびにもたげてくるざわめきとを
交互にちらつかせながら
交尾のためのはかない命を散らせている
地中での7年間と
地上での7日間
潜伏の長い期間と
華麗な儚い期間
抜け殻を破った真っ白い背中と
声を枯らして奏でつづける生命の賛美歌

何のための命なのか
あの蝉たちにはその答えがすでにある
何のための命なのか
僕にはその答えが未だ見つからないでいる



7月7日 曇りのち晴れ

織姫と彦星は一年に一度の逢引の日以外は
ずっとお互いのことを想いつづけていたのだろうか
それともそれぞれ勝手に違う相手を見つけていたのだろうか
君は今どこで何をしているだろうか
誰かといるのだろうか

境内で短冊に願い事を書きながら
綿飴とか金魚すくいとかに夢中になっている彼らと
部屋の中で君への想いをめぐらす僕とを隔てるのは
たった1枚の壁でしかない
たった1枚の壁でしかないのに
きっと永遠に破ることのできない壁だ

そして君もきっとそっち側で楽しそうにしているはずだ

こんな僕が織姫と彦星の話のような
ロマンスにあふれた物語など
口にすることさえおこがましいのかもしれない

耳を澄まして 世界が閉じる音を聴いた



8月8日 雨

夢を見ました
山の見えるどこかの街が舞台です
バス停で君と僕が誰かの家に行こうとしています
バスがやってくるまでの間にあてもないしりとりをしながら
僕は君の肩に止まっていた1匹の小蠅を殺しました

君が誰かの子を宿していました
僕ではない誰かの子を宿していました
夢の中の君はとてもうれしそうで
僕は頭が割れそうになりました

バスは来ませんでした
バスに乗り込む前に僕は夢から覚めました

夢から覚めて
夢と現実とにそれほど大差がないことに気づいて
身体がばらばらになるように思いました

世界は美しい
あのバスはどこへ 行こうとしていたんだろう
君と僕とを乗せて



8月9日 晴れ

8年後の今日 僕は何をしているだろうか
8年後の今日 僕は誰といるだろうか
8年後の今日 僕は君を好きでいるだろうか
8年後の今日 君は僕を覚えているだろうか
8年後の今日 君は誰かに想われているだろうか
8年後の今日 君の見る夕陽はどんな色だろうか
8年後の今日 僕と君は まだいるだろうか

8年後の自分に向けて遺書を綴ってみた
自分以外の誰もひもとくことのない遺書

いくら綴ってみても誰かの真似事にしかならない言葉は
いったいどこに落ち着くことができるのだろうか
無責任に綴られた形容詞たち
無責任に世に解き放たれた単語たち
この遺書でさえ 誰かに見つかるのを期待している自分
この僕の無責任さは結局 誰も救うことなんてできないんじゃないか
自分さえも救うことができないじゃないか

そして最も救いようがないことは
この苦悶を 君が きっと知らないということだ



9月11日 雨

髪型を変えたね
すぐに気がついてたんだ
でも気がつかないふりをした
昔からなぜか そういうわけのわからない冷たさが
カッコイイと思っているみたいなんだ

本当はすぐに
髪型似合ってると言いたかった
結局言うタイミングを逃した
君はつまらない人だと思ったろうね

君のことを思うたびに浮かぶ言葉の切れ端を
ひとつひとつ積み上げて行けばそれは
僕にとっての「理想の歌」になるのだろうか

僕は君にとってどんな存在だろうか
やはり
君にとっての僕は
ただの空想癖にかぶれた凡人なのか
むしろ
そんな話題にすら取り上げられることのない
オーディエンスの中の1人か

テレビモニターの向こう側で
飛行機が突っ込んで燃えたビルから
ちぎれた手足が落ちて行った
それは 他人事のように美しかった



10月15日 曇り

そのネックレスいいね、と聞いた
君は「もらいもの」だと答えた
誰からの、とは聞けなかった
それが誰からのものだとしても聞く権利は僕にない



10月22日 曇り 時々 雨

誰かと遊びに行ったんならそういえばいい
なんでごまかすんだ
君がついたささいな嘘が
なんでこんなに僕をくるしくさせる
もう嫌だ
なんでこんな想いまでしなくちゃいけないんだ



10月27日 雨

どこか この胸の苦しみを紛らわす知恵が
マニュアルのようなものがあれば
毎日こんな苦しい想いをしなくてもすむのに



10月31日 晴れ

遠くなったね
なんとなくそう感じる
目をそらされたような気がした
会話していても逃げられたような気がした
勘違いだったらいい
もう消えてしまいたい



11月6日 晴れ

一喜一憂
バカじゃないか自分
やさしくされたから すぐつけあがる
だからといって僕を取り囲む現状はちっとも変わらないのに
それでも 少しだけ生きのびて行ける



11月17日 雨
君にもらったキーホルダー
キーホルダーなんて 使うことはないかもしれないけど
僕は一生忘れないだろう
情けないくらい君が好きだ



12月2日 晴れ
どうして僕はこんなにまでして
君のことが好きなんだろう
もうこの日記をつづってどれくらいになる
この日記をつづることに何の意味がある



12月14日 雨のち雪

君を想うということ
想うという意味合い
想うたびに生まれる形のない感情
焦燥感 孤独 不安 苛立ち
あたたかみ
想う、とは何だろう

アルチュール・ランボォは行と行の間に
煙草とアルコールで混ぜ合わせたそれを流し込み
アンドレ・ジィドは生まれついての流麗な言い回しと
神への複雑な敬意でいろどりを加えた
エリック・サティは毒づきながらも
その一粒一粒を丁寧に鍵盤へ叩き込んだし
マルク・シャガールはキャンバスと絵の具の隙間にとじこめて
輝きが色あせないようにと願った

ナポレオン・ボナパルトは皇帝へと登りつめておきながら
その真理にたどりつけなかった
フリードリヒ・ニーチェは翻弄される自身の影に怯え
結局は背中を向けざるを得なかった
ニコラ・テスラはその難問に早いうちからリタイアし
死後の世界への憧れへと脱却していった
カート・コバーンは名声と愛とアイデンティティの狭間に落ち込みながら
1丁の散弾銃で結論づけることにした

誰もがその命題に果敢に挑戦し
はかなく敗れて行った
芸術家ですら
権力者ですら
発明家ですら太刀打ちできなかった永遠の問いに
向き合うことなんて できるのだろうか



1月1日 曇り

祈ろう
君のために
祈ろう
君が愛に包まれて安らぎの内に生きられるように
祈ろう
君を取り囲む全ての優しさに
祈ろう
君が巡り会う全ての喜びを
祈ろう
そのために僕は身を投げうとう
そして
君が幸せへの扉を開けるのを見届けたら
そのまま朽ちてしまえばいい

タイトロープをわたる君を
道化師の僕は見上げている
君が無事に渡りきれるのか心配で
自分の演技に集中できない

やがて君が無事にタイトロープを渡りきれたら
苦難と障害に満ちたロープを渡りきれたのなら
その下で演技に失敗して罵声を浴びる羽目になっても
僕はそれで構わない

それを愛と呼ぶなんて
ふさわしくないかも知れないけれども
君が幸せであるように
それくらいは 祈ってもいいかな



2月13日 晴れ

生まれてはじめて僕が握ったもの
母の指
その感触は覚えていないけれども
母や父が 生まれたばかりの僕を見て
どんな感情を抱いたのか わからないけれども
その想いは きっと 風に乗って

粒子になって
 
原子になって

電子になって

天使になって

宇宙を駆け回るクォークになって
いつまでも消えることはないだろう

生まれてはじめて君が握ったもの
僕にはわからない
でもどんな感情を持って どんな風景を見て
どんな春
どんな夏
どんな秋・冬を迎えてきたのか
君の見るもの 聴くもの 触れるものを
もし一緒に感じることができたら
それ以上に必要なことなんて何もないのかもしれない

君を好きだという気持ちは変わらない
けれど 僕はわがままでひとりよがりだった
今でもそこから抜け出せているわけではないけれども
少しだけ前よりも優しい気持ちになれる

ごめんなさい
そして ありがとう



2月29日

君に手紙を書くよ
好きだという想いをのせて
君に一通の手紙を書くよ

別にそこから何かが始まればいいって
期待しているわけじゃあない
そうすることが僕にとっての正しいことのように思えるから
僕の生きている証だから
本当の僕だから

君に手紙を書くよ
好きだという想いをのせて
かざらない言葉を

君にとどくといいな





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